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岐阜地方裁判所 昭和39年(行ウ)2号 判決

原告

三浦杉男 ほか一名

被告

岐阜県教育委員会

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求める裁判

一  原告ら

1  被告が、昭和三十七年四月一日付で原告三浦杉男に対してした、岐阜県加茂郡八百津町立八百津中学校教諭を免職し、同県稲葉郡稲羽町公立学校教員に任命し、稲羽中学校教諭に補する旨の各処分はいずれもこれを取消す。

2  被告が、昭和三十七年四月一日付で原告井戸千尋に対してした、岐阜県加茂郡八百津町立八百津中学校教諭を免職し、同県武儀郡武芸中学校組合公立学校教員に任命し、武芸中学校教諭に補する旨の各処分はいずれもこれを取消す。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決を求める。

二  被告

主文同旨の判決を求める。

第二  原告らの主張

(請求の原因)

一  転任処分

原告両名は、いずれも岐阜県加茂郡八百津町立八百津中学校に教諭として勤務していたものであるが、被告は、昭和三十七年四月一日付で、原告両名に対し、いずれも右教諭を免職したうえ、原告三浦杉男を引き続いて同県稲葉郡稲羽町公立学校教員に任命し、稲羽中学校教諭に補する旨の、原告井戸千尋を引き続いて同県武儀郡武芸中学校組合公立学校教員に任命し、武芸中学校教諭に補する旨のいわゆる転任処分(以下本件各転任処分という)をした。

二  不服申立とその結果

原告両名は、それぞれこれを自己の意に反する不利益な処分であるとして、岐阜県人事委員会に本件各転任処分の審査の請求をしたが、同委員会は昭和三十九年七月十四日本件各転任処分をいずれも承認した。

三  転任処分の取消事由

(一) 本件各転任処分は地方公務員法五十六条に違反する不利益な取扱である。

1 原告らの組合活動

原告両名は、昭和三十六年四月右八百津中学校に転任したものであるが、岐阜県教職員組合(以下県教組という)加茂支部が、昭和三十五年四月以降、被告の地方事務局、P・T・A幹部、町長らの圧力、干渉により組合役員を引き受ける者がなく混乱状態にあつたため、同中学校の教諭である渡辺千明、佐合春義と話し合い、右支部の再建をはかることになり、まず、同中学校で同志を集めて運動を展開することとし、昭和三十六年六、七月ごろには活動者会議を開催して同中学校から県教組の定期大会に代表を送ることができるようになつた。その後、原告らの県教組加茂支部の再建活動は徐々に加茂地区に広がり、県教組が同年十二月十七日「教育を守る講習会」を開催することになつたので、右支部からも右講習会に参加することにして、それを機会に県教組加茂支部の発足を表面化することにした。それで、原告ら活動者は、同年十二月七日から加茂地区において教職員に対し右講習会に参加するように働きかけた結果、多数の教職員が右講習会に参加する意志を明らかにして多大の成果をあげるにいたつた。そして同月十七日には正式に県教組加茂支部が発足し組合が再建される見通しであつた。ところが、原告らの右組合活動を知つた加茂郡川辺町立川辺小学校長佐伯某は同月八日に開催された郡校長会に右事実を報告したため、八百津中学校長各務義郎の知るところとなり、同校長は八百津地区P・T・A連合会長酒向某および八百津中学校P・T・A会長大山某に右事実を知らせ、知らせを受けた右両名は翌九日八百津中学校において原告らに対し「八百津中学校が県教組加茂支部結成の中心となつているが、今後オルグ活動などした場合、町、P・T・A全力をあげて転任してもらうように圧力をかける。」旨発言し、さらに、八百津町長は同月十日に開かれた八百津地区P・T・A連合会の席上原告らの組合活動を批判する発言をして、ここにP・T・A幹部と八百津町長とは一体となつて原告らの県教組加茂支部再建活動を押し潰しにかかり、同月十三日には教職員の右講習会参加を阻止するための要望書を各学校教職員に配布し、とくに八百津中学校では、右酒向、大山が原告らに直接右要望書を手渡すと共に「十七日どうしても参加するなら覚悟をして行け。」などと言つて原告らを脅迫するにいたつた。また、加茂地区の各教育委員は管内の各学校を直接訪問したり、電話で各学校長に電話したりして、教職員が十七日の右講習会に参加しないように指示して圧力をかけていたが、とくに八百津中学校では八百津町教育委員会(以下八百津町教委という)の委員長および教育長が直接各務校長に対し右参加阻止を指示し、この指示を受けた同校長は同校の教職員に対し「八百津町教委から参加させないよう指示があつたので十七日は出席するな。」と発言し、右講習会に教職員が参加しないように圧力をかけた。このような加茂地区の町長、教育委員会、P・T・A幹部および校長の激しい干渉と圧力により教職員が十七日の講習会に参加することは断念しなければならなくなり、そのため、県教組加茂支部は当日発足することができなかつたが、原告らはその後も引き続き右支部再建のため種々な活動を行つた。

2 被告が処分をするまでの経過

八百津町教委は、県教組加茂支部結成の中心的役割を果したのが八百津中学校教職員であり、とくに原告両名ならびに渡辺千明、佐合春義の四教諭であることを知り、これらが今後組合のため活動すれば転任させるとの方針を決定して、その旨各務校長にも伝えた。そして同校長は同年十二月十五日原告井戸に対し「お前はみんなを扇動した。今度の講習会には参加しないように八百津町教委から要望があつた。君の場合非常に不利な転任の線が八百津町教委から出た場合なんとか希望のもてるようにするが、十七日以降行動をとつた場合おれは何もできないし責任をとれない」旨発言し、翌三十七年一月二十二日ごろには原告らに対し「組合活動をしないという誓約書を書けば異動はくいとめることができる。町長ら権力者が人事に介入している。」などと発言し、さらに二月一日の岐阜県教育委員会加茂地方事務局課長懇談会後には「課長懇談会には事務局長、教育課長、指導主事町長、教育委員が出席し、組合活動家は出す強い腹がためをした。」などと発言し、右組合活動の中心的存在であつた原告らが人事異動の対象になつていることを原告らに対し明らかにした。また、八百津町教委の教育長神戸正男は同年一月二十五日原告井戸に対し「日教組、県教組につながる組織を作るな。今後、三浦、井戸、渡辺、佐合の組合活動につき、活動しないとの誓約するか否か、この問題を右四名で相談して二月一日の課長懇談会までに私に報告せよ。私が責任者として人事権をもつているのでよく考えろ。」などと各務校長と同趣旨の発言をしたが、原告ら四名は協議を重ねたすえ、各務校長および神戸教育長の右要請に応じないことにしたため、八百津町教委は原告らが組合活動を続ける意志を有するものと確認し、同人らを加茂地区から排斥する決意を強固にしそれに基いて事務手続を進めることになつた。原告らの組合活動を嫌悪していた各務校長も八百津町教委の右方針に従い、原告三浦に対しては「美濃加茂市太田町に新居をもつ」との、原告井戸に対しては「中堅教員の異動」であるとの名目をそれぞれつけて、勝手に八百津町教委に対し転任希望の具申を行い、それに基いて八百津町教委は被告に対し原告両名を転出させるとの各内申(以下本件各内申という)を行い、被告は右各内申をもつて本件各転任処分を行つたものである。

3 転任の理由

原告両名は、八百津中学校に赴任後一年というごく短期間で、再度転任となつているのであり、これは被告の異動方針に全く反するもので、被告は本件各転任処分を意識的に取扱つているのである。

原告三浦の転任理由である「太田町に新居をもつ云々」も、当時三浦は新居をかまえる準備もそのような切迫した事情もなかつたのであり、したがつて転任の希望もしておらず、各務校長はそのことを十分知つていたのである。しかも、三浦は八百津中学校では数学を担当していたが、同校の職員構成からいつて数学担当の教員は転任する必要性がなかつたのである。このことは、三浦のかわりに数学担当の富松教諭を同中学校に転入させていることからも明らかである。職員構成として必要な三浦をわずか一年間で転任させるため、何とか名目をつけようとしたのが新居云々にほかならない。

次に、原告井戸の転任理由についてであるが、被告は、井戸の専門教科である職業を生かすための転任であるというが、両人が八百津中学校の職員構成上必要な人員であることは、同年度に井戸のかわりに職業、技術担当の伊佐治教諭を同校に転入させている事実に照しても明らかであり、また、井戸が転任先の武芸中学校では八百津中学校と同様に職業はわずか六時間の担当で英語中心の担当となつたことからすれば、井戸の専門を生かすための転任というのは事実に合致しておらない。

以上のように、被告のいう転任理由は、理由とならないものを無理に理由づけようとして名目をつけたものばかりである。

4 不利益の内容

イ 原告両名は八百津中学校に赴任して一年間で転任処分を受けたのであるが、通常の人事異動で在任期間一年で転任させられるのは、慣行ないしは教員の常識として、また一般的評価として「非行ある者の転任」「教頭・校長へ栄転して行く転任」「本人の希望により僻地へ特別昇給していく転任」の三つの場合であるとされている。本件の場合、本人の希望もなく、むしろ本人の意志を無視し、報復人事として行われたものであつて「非行ある者の転任」と同視される結果となつており、かつ、そのような一般的評価を受けた。

ロ 通勤費

原告三浦は、本件転任処分によつて昭和三十七年四月から同四十年三月までの間に、通勤費を八百津中学校在任中よりも余分に六八一〇円支出した。

原告井戸は、本件転任処分によつて昭和三十七年四月から同三十八年三月までの間に、通勤費を八百津中学校在任中よりも余分に三九、六〇〇円支出した。

ハ 住居費

原告三浦は、八百津中学校在任中は生家に居住して住居費は一切不用であつたが、本件転任処分によつて住居の移動を余儀なくされ、昭和三十七年六月から同年十二月までの間にアパートを賃借するため四三、二〇〇円支払つた。

原告井戸は、本件転任処分によつて住居の移動を余儀なくされ、昭和三十七年四月から同三十九年三月までの間に、下宿代との別居に伴う加算食費等計一一六、〇〇〇円支出した、

5 むすび

以上の経過で明らかなように、本件各転任処分は、原告らが県教組加茂支部再建の活動を活発に行つたことを嫌悪して原告らに対し報復的意図をもつて行われた不利益処分であるから地方公務員法五十六条に違反し取消されるべきである。

(二) 本件各転任処分はその手続に瑕疵がある。

八百津町教委の本件各内申は、被告の圧力の下に、その自主性を放棄して行われたものであるから、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下地方教育行政組織法という)三十八条一項の予定した「内申」とはいえず、したがつて、本件各転任処分は八百津町教委の内申を欠くものであつたといわなければならないから、本件各転任処分はその手続に瑕疵があつた。

かりに、八百津町教委の本件各内申が手続上存在していたとしても、八百津中学校長各務義郎の原告両名を転任させたい旨の各具申および八百津町教委の本件各内申は、原告らの組合活動を嫌悪して報復的に行われたものであるから、地方公務員法五十六条に違反し、それに基いて行われた本件各転任処分はその違法を承継し、取消を免れない。

(三) 本件各転任処分は被告の裁量権の範囲をこえた行為である。

すなわち、被告が制定、指示した人事異動方針は人事権者が人事を行うについての自己規制の準則であり、その裁量権の内在的制約を定めたものと解されるところ、本件各転任処分は、原告らが八百津中学校に赴任後一年間で行われたもので、これは、被告の制定した人事異動方針に著しく反するばかりでなく、右処分が原告らの意志に反して行われたことは本人の意志を尊重して人事異動を行うとの確立された慣行にも著るしく反するものである。したがつて、本件各転任処分は被告の裁量権の範囲をこえた違法な処分であるから取消を免れない。

(被告の本案前の主張に対する反論)

被告主張の再度の各転任処分があつたことは認める。しかし、被告が原告らを従前の赴任校の付近に転任させたことのみをもつて本件訴の利益は消滅するものではない。

第三  被告の答弁および主張

(本案前の主張)

一  原告らは本訴請求の利益を有しない。すなわち、被告は、昭和四十年四月一日付で、原告三浦に対し、岐阜県稲葉郡稲羽町立稲羽中学校教諭を免職し、引き続いて同県加茂郡川辺町公立学校教員に任命し、川辺小学校教諭に補する旨の、原告井戸に対し、同県武儀郡武芸中学校組合立武芸中学校教諭を免職し、引き続いて同県加茂郡七宗村公立学校教員に任命し、上麻生中学校教諭に補する旨の各転任処分(以下再度の各転任処分という)を行つた。

二  ところで、行政処分の取消請求は、その処分の効果が現に継続しており、違法とする処分の取消しによつて右の処分が行われたために失われた権利を回復しうる間にかぎり、その処分を取消すについて法律上の利益があるものとして許されるわけであるが、原告らがそれぞれ違法な行政処分としてその取消を求めている本件各転出処分は、前記再度の各転任処分によつてその効果は失われ、また、免職処分と異なり、給与請求権その他の財産上の不利益をもたらしたものでもないから、本件各転任処分によつて財産上の権利を失つたものともいえない。

三  したがつて、原告らは、本件各転任処分の取消請求を維持すべき法律上の利益をもはや有しないから、本訴請求は排斥せらるべきである。

(請求原因に対する認否)

一  請求原因一、二項の事実は認める。

二  請求原因三項(一)1(原告らの組合活動)の事実は不知。

三  その余の請求原因事実は否認する。

(本案についての主張)

一  本件各転任処分が地方公務員法五十六条に違反する不利益な取扱であるとの点について

1 岐阜県における教育公務員の任命権者である被告は、その人事異動について教育効果の全県的な向上を目標とし、全県的な視野に立つて行うことを原則としてきた。そして被告は、毎年、内申権者である市町村教育委員会の意見を参考として人事異動方針を定め、それに基いて人事交流をして来たが、年度末の異動の対象となる公立小・中学校教職員の数は一〇、〇〇〇名を越え、また、内申権者たる市町村教育委員会の数も一二〇におよぶのである。したがつて、その行政事務も複雑を極め、その調整上、便宜的手段をとらざるを得ない場合があり、必ずしも異動方針にあてはまらないものもでてくるわけである。そして異動方針の重点となつている「全県的立場から平坦部と山間部、郡市間および都市中心部とその周辺部との広域にわたる人事交流をはかる」ということは容易なことではないが、できるだけ右の点を効果的に推進するため、年度末の異動に際しては、被告の各地方事務局の課長により、ブロック課長会議を開催して、その調整をはかることが慣行化されており、また、市町村教育委員会に対しても、被告によつて異動についての助言と協力の要請が慣例的に行われているのである。

2 これを本件についてみるに、八百津中学校長各務儀郎から、原告両名について校内の職員組織や家庭の事情等の関係から関市または美濃加茂市への転出を考慮されたい旨の意見の申出が八百津町教委に対して行われ、同教委の教育長神戸正男は各務校長の右意見と同様の意見を被告の加茂地方事務局に提出した。そこで、被告の各地方事務局の教育課長がいろいろ協議した結果調整が成り、それぞれ本件各転任処分となつたものである。したがつて、本件各転任処分は、年度末人事異動の一環として行われたものに過ぎずかりに原告らに組合活動の事実があつたとしても、それとは何らのかかわりをもつものではない。

3 不利益の内容について

原告らは、在任一年間での転任処分は社会的評価の上からいつても非行ある場合と同視され不利益処分であるというが、在勤一年で転任になる者が常にかかる評価をうけるものと断定することは飛躍に過ぎるのであつて、このようなことは地方公務員法五十六条の不利益処分の対象とはならないものである。

さらに、原告らは転任による通勤費の増額をもつて不利益の内容をなすものとしているが、公務員であるかぎり、転任処分は当然随伴するものであり、原告らの主張するこれらのものは公務員の転任に伴い通常一般に生ずる不利益であつて、それは当然本人において受忍しなければならない範囲のものである。したがつて、この点をとらえて本件各転任処分が地方公務員法五十六条の不利益処分であるとは到底いいえない。

二  本件各転任処分はその手続に瑕疵があるとの点について

八百津中学校長各務義郎が八百津町教委に対して原告らの転任の意見を具申したことは、前記のとおりであるが、校長は、地方教育行政組織法三十九条によつて市町村教育委員会に対し単に意見の申出ができるというに過ぎず、校長の意見が市町村教育委員会の内申の効力に関係あるものとはいえない。市町村教育委員会は校長の意見を参考とすることはあつても、これに拘束されず管内各学校の職員組織と運営の全般から考察して内申をするかどうかの意思決定をするものであり、本件においても、八百津町教委は、原告らの転任の内申の決定に際し、原告らの組合活動を嫌悪した事実も、また他のいかなる圧力の介入のあつた事実もなく、自主的に任意の意思によつて決定したものである。

要するに、本件各転任処分は昭和三十六年度末人事異動方針に基き行われたものであり、その人事権の行使は、

1 八百津町教委の地方教育行政組織法三十八条による各転任の内申、

2 右内申に対応する各転入先の地方教育委員会の転入の内申をまつて行われたもので、この内申自体に違法とすべきものはありえず、本件各転任処分は所定の適法な手続を経て行われたものであつて、これを違法とすべき手続上の瑕疵は何ら存しない。

三  本件各転任処分は被告の裁量権の範囲をこえた行為であるとの点について

公務員の転任処分は任命権者の任命権に属する行政上の一作用であつて、任命権者がその権限に基いて行政目的達成のため合理的な範囲において自由な裁量によつてなしうるところであり、本人の希望や同意の有無に拘束されるものではない。

第四  証拠の提出、援用、書証の認否

一  原告

1  甲第一号の一、二・第二号証の一、二・第三号証の一、二・第四号証の一、二を提出し、証人渡辺千明、同佐合春義・同中島秀・同各務義郎・同神戸正男の各証言、原告井戸千尋・同三浦杉男の各本人尋問の結果を援用。

2  乙第一号証の成立は不知。乙第二号証の一、二中、校長および教育長以下の各印影が右両名の各印影であることのみは認める。乙第三ないし第六号証の成立は認める。

二  被告

1  乙第一号証・第二号証の一、二・第三ないし第六号証を提出し、証人各務義郎・同神戸正男・同中村又一・同杉山勇・同近藤虎之助の各証言を援用。

2  甲号各証の成立は不知。

理由

(本案前の主張について)

一  原告ら主張の本件各転任処分が行われたことおよび被告主張の再度の各転任処分が行われたことは当事者間に争がない。

二  そこで、原告らが再度の各転任処分をそれぞれ受けたことによつて本件各転任処分の取消を求める利益を失つたか否かについて判断する。

かりに、本件各転任処分が本件訴訟においてそれぞれ取消されることになると、原告らは昭和三十七年四月一日にさかのぼつてそれぞれ八百津町立八百津中学校教諭の地位を回復し、その効力は被告やその他の関係行政庁を拘束することになる。それゆえ、右の場合、昭和四十年四月一日現在、原告三浦は稲羽中学校教諭の、原告井戸は武芸中学校教諭の各地位にはそれぞれなかつたというべきところ、被告は、同日原告両名が右各地位にあることを前提として右各教諭の職をそれぞれ免職し、前記のとおり、再度の各転任処分を行つたものであるから、被告のした再度の各転任処分はその前提とする原告らの各地位を欠き無効であつたことになる。してみると、本件各転任処分は再度の各転任処分によつてその効果が失われた旨の被告の主張は採用することができない。

したがつて、原告らは本訴請求の法律上の利益を有するものであり、本訴請求は行政事件訴訟法九条の要件に欠けるところはない。

(本案について)

一  本件各転任処分に対する各不服申立とその各結果が原告ら主張のとおりであることは当事者間に争がない。

二  そこで、原告ら主張の本件各転任処分が地方公務員法五十六条に違反する不利益な取扱であるか否かについて判断する。

(一)  証人渡辺千明・同佐合春義・同中島秀の各証言および原告井戸・同三浦各本人尋問の結果を総合すると次の事実を認めることができる。

1 原告両名は、昭和三十六年四月から岐阜県加茂郡八百津町立八百津中学校にいずれも教諭として勤務していたものであるが、昭和三十五年四月以来、県教組加茂支部が被告の加茂地方事務局、八百津町、P・T・A幹部、校長などの圧力、干渉により組合役員を引き受ける者がなく組合員のみであるという未組織状態にあつたため、同中学校の教諭渡辺千明・同佐合春義らと話し合つて同支部の再建をはかることになり、まず昭和三十六年六月に開かれた県教組の定期大会に個人的に参加し、その後、組合再建に積極的な教職員が集まつて活動者会議を開き、組合作りの具体的な相談をして加茂地区の各学校でいわゆるオルグ活動を続けていたが、同年十二月十七日加茂郡川辺町川辺小学校講堂において県教組などの主催で「教育を守る講習会」を開いて組合員の参加を求め、それを機会に県教組加茂支部を正式に発足させる計画を立てた。ところが、右計画を知つた八百津町教委、各学校長、P・T・A幹部は教職員が右講習会に参加するのを阻止するため、各学校の教職員に対し圧力、干渉を行い、とくに組合再建活動の中心校であつた八百津中学校では、P・T・A幹部が各職員に対し右講習会に参加しないように要望書を配ると共に「もし十七日の講習会に参加するようだつたら、むしろ旗を立てて阻止する。それでもなお十七日の講習会に参加したものがあるとすれば、その者は県の教育委員会の方へ話をつけてよその郡へ変つてもらう」などと脅迫するにいたつた。そのため教職員の参加が危ぶまれて十七日の右講習会を開くことは不可能になり、右講習会は中止され、県教組加茂支部の再建は挫折することになつた。

2 ところが、その後、八百津町教委の教育長神戸正男は、原告井戸に対し、右組合の再建活動に熱心であつた原告両名および渡辺千明、佐合春義の四教諭の名前をあげて、今後右四名が組合活動に対して如何なる態度をとるかによつて右の者らの異動は決る旨告げた。それで原告らは、右四名が昭和三十六年度末の人事異動の対象になつていることを知り、八百津中学校の教職員から選ばれた人事対策委員会などを通して転任反対の運動を続けたが、ついに原告両名について本件各転任処分、渡辺千明については同県可児郡上の郷中学校教諭に転任処分がそれぞれ行われた。そして、右各転任処分はいずれも当該教員の意志に反したもので、八百津中学校長各務義郎の具申に基き、八百津町教委が被告に対し内申を行い、右内申をまつて被告が行つたものである。

以上の事実を認めることができ、証人各務義郎・同神戸正男の各証言のうち右認定に反する部分は前掲各証拠に照したやすく信用することができないし他に右認定を左右する証拠はない。したがつて右事実からすると、次に本件各転任処分が原告らの組合活動の故をもつて行われた疑いが濃い。

(二)  しかし、当裁判所は次の理由により本件各転任処分は同条の「不利益処分」には当らないものと判断する。すなわち

(イ) 原告らは、教員が在任一年間で転任させられるのは、校長、教頭に栄転する場合とか本人の希望により僻地へ特別昇給して行く場合を除いては、「非行ある者」との一般的評価を受けるのが教員の常識であり、本件各転任処分によつて右評価をそれぞれ受けたから、原告らにとつては不利益であつた旨主張する。

原告三浦、同井戸各本人尋問の結果によると、原告両名は、昭和三十六年四月に八百津中学校に赴任し、その後一年間で本人の意思に反して本件各転任処分を受けたことを認めることができる。しかしながら、原告ら主張の教員の常識ないしは確立された慣行が存在したかどうか疑わしい。原告本人井戸はこの点について肯定的な供述をしているがたやすく信用することができず、他に右事実を認めるにたる証拠もない。のみならず、かりに、教員の間では、在任期間一年の転任は「非行ある者」と評価する零囲気があつたとしても、在任期間一年で転任する教員がすべてそのような評価を受けるとは到底考えられない。当該教員に何らかの不始末があつて転任になつたような場合は、そうした評価が教員の間で行われるかもしれないが、ただ単に一年の転任になつただけでそのような評価が行われたとするならば、それはいわゆる風評、噂の域を出ないものといわねばならぬ。本件の場合、原告両名に何らかの不始末があつたと認める証拠は存しない。したがつて、原告両名がそうした評価を受けることがあつたとしても、それは、単なる風評、噂程度のもので、事実上の評価にとどまり、法律上のものではない。そのような事実上の評価は、地方公務員法五十六条の不利益の内容にはならないものと解するのが相当であるから、原告らの主張は採用できない。

(ロ) 次に、原告らは、本件転任処分によつて通勤費、住宅費などが増加したから勤務条件が悪化し、不利益を受けた旨主張する。

しかしながら、公立小・中学校の教員は、教育公務員であるから、教育を通じて国民全体に奉仕する職責を有し、あらゆる機会にあらゆる場所において心身ともに健全な次代の国民を育成しなければならないのである。それゆえ、法律上転任についての保障は別段なく、その人事行政は、原則として任命権者たる都道府県教育委員会の自由裁量に委ねられている。原告三浦、同井戸各本人尋問の結果によると原告両名は、その意に反した本件転任処分によつて従来の生活の本拠を離れなければならなくなり、従前に比べ通勤にも不便となつたことが認められる。したがつて、右処分に直ちに従いにくかつたかもしれないが、それらはすべて原告らの個人的事情に過ぎない。勿論、当該教員の通勤できる範囲内で転任が行われることは望ましいことではあるが、多数の教員を多数の学校に適正に配置して教育効果をあげなければならない使命を有する都道府県教育委員会は、地方教育行政組織法四〇条により、教員の個人的事情にとらわれることなく人事行政を行いうるのであるから、本件各転任処分によつて原告らの勤務条件が悪化したとしても、それらはすべての原告らの主観的事情であつて、事実上の不利益を受けたにとどまるものといわなければならない。原告らは、本件各転任処分によつて別段降任されたわけではなく、公立学校の教諭の地位であることに変りはない。公立学校の教諭である以上、いわゆる有名校であると無名校であるとを問わず、また、平坦部と山間部、あるいは学校の規模の大小などにかかわりなく法律上、同等の地位であり、その間に教諭の異動が行われたとしても教諭である以上、原則として、昇任、降任の問題は起り得ないのである。したがつて、原告らは、本件各転任処分によつて法律上不利益を受けたということはできず、ただ単に、被告ら主張の勤務条件が悪化したというだけでは地方公務員法五十六条の不利益処分に該当しない。

(三)  以上の次第で、本件各転任処分が地方公務員法五十六条に違反するとの原告らの主張は失当であるから右主張は採用できない。

三  次に、本件転任処分がその手続に瑕疵があるかどうかについて判断する。

(一)  まず、原告らは、八百津町教委の本件各内申は、被告の圧力に屈して八百津町教委が自主性を放棄して行つたものであるから地方教育行政組織法上の「内申」とはいえない旨主張する。

しかしながら、本件全証拠によるも、八百津町教委が、被告の圧力に屈し、自主性を放棄して本件各内申を行つた事実を認めることができないので、原告らの右主張はその前提を欠き失当である。

(二)  次に、原告らは、八百津町教委の本件各内申は地方公務員法五十六条に違反する旨主張する。

しかしながら、本件各内申は、八百津町教委が他の行政機関である被告に対して行つたものであつて、原告らに対して行つたものではない。地方公務員法五十六条は、任命権者ないしは監督権者たる行政機関がその職員に対して直接行つた処分にのみ適用があると解すべきであるから、八百津町教委の被告に対する本件各内申に同条を適用する余地はない。したがつて、原告らの右主張は採用できない。

四  さらに、原告ら主張のように本件転任処分が被告の裁量権の範囲をこえたもので違法であるかどうかについて判断する。

原告らは、八百津中学校に赴任後一年間で本人の意思に反して本件各転任処分を受けたもので、これは被告の人事異動方針ないしは本人の意思を尊重して人事異動を行うという確立した慣行に著しく違反する旨主張し、原告本人井戸は在任期間一年では転任を行わないという人事異動方針ないし慣行が存在した旨供述するが、たやすく信用することができず、他に原告ら主張のような異動方針ないし確立した慣行を認めるにたる証拠はない。

のみならず、公立小・中学校の教員の任命権者たる都道府県教育委員会は、一般的な人事異動方針を定めたとしても、多くの教員の異動を行う場合には、時には例外の起ることもありうるのであつて、これは人事行政の運営上やむをえないところであり、また、当該教員の意志を尊重して人事異動が行われることは望ましいことではあるが、都道府県教育委員会が多数の学校に多数の教員を適正に配置し児童・生徒の教育効果を十分にあげるために、場合によつては当該教員の意に反した転任を行つたとしても、公立小・中学校の教員は、前記のとおり、国民全体の奉仕者であり、かつ、児童生徒の教育にたずさわり、あらゆる機会にあらゆる場所において、心身ともに健全なる次代の国民を育成しなければならない職責を有するものであるから、右転任を受忍しなければならないというべきである。してみると、前記二、の(一)の12に認定したような事実を考慮に入れても、被告の本件各転任処分は、妥当なものでなかつたといいうるにしても未だ被告の裁量権の範囲をこえた違法な行為であるとは断じ難いところであつて、行政事件訴訟法三〇条に該当しない。したがつて、この点に関する原告らの主張もまた採用できない。

五  よつて、原告らの本訴請求はすべて理由がないから、いずれもこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八十九条、九十三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

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